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とある歌会(歌会生録)
1999年11月25日 の歌会の一部始終を録音し、書き起したものです。
この日の参加者は、大谷良太、黒瀬珂瀾、澤村斉美、柴田悠、島田幸典、西之原一貴、村松美由紀、森雅紀の8名。司会は澤村斉美。
司会によって集められた詠草は一枚のプリントにまとめられ、無記名で配布されます。
1 胸のふたのイタミをそえて話してもきみはきれいなネオンを観ている
2 薄雲をゆく月はやしつき出でて黄にゆたかなる銀杏のうえの
3 会えるともわからぬままの空港の朝ジャンバーに日のあたりたり
4 黄昏のわが識閾にまぎれこむ秋の涙を落葉といふ
5 耳元のほくろをポチと押してくれ 豪胆コピーロボットの週末
6 泣きながら自転車こげば真夜中のビール自販機全部「売り切れ」
7 ホームラン打った笑顔も左手のグローブだこも手が届く場所
8 感情を待たず。立原正秋の日本のごとくくる紅葉は
司会
では、歌会を始めます。一番の歌から。
1 胸のふたのイタミをそえて話してもきみはきれいなネオンを観ている
島田さんいかがでしょうか。
島田
え、僕ですか。(間)よくわかんないけど、胸のイタミではなくて胸のふたのイタミか。で、それをそえて話すっていうことだから、まぁなにくれとなくイタミを感じつつ話していると。「ふたのイタミ」にひっかかるんだよなー。その傷みとか、「きれいなネオン」で表そうとしているのかもしれない疎外感がいまいちシャープに伝わってこない。「きみ」は相聞なのかな。「私」と「きみ」との関係がはっきりしない。ねらいどころは「きみ」と「ぼく」との距離感なんだろうな。今の段階ではそんなところです。
司会
村松さんどうですか。
村松
ええと(間)わたしも「胸のふたのイタミ」がひっかかる。でもこういう気持ちはわかる気がするけど。
司会
大谷くんいかがですか。
大谷
「きみはきれいなネオンを観ている」がきれいだなぁと思ったのですが、「胸のふたのイタミ」を他の言葉にしたら…もっと…いいのではないかと…。
司会
他になにかありませんか。
西之原
「きみ」に対して恋をしているっていうことを伝えたいっていうのがまず最初にあって、でもそれを自分の中で抑えてる部分がある、そういうのも含めて一緒に話をしてるって感じじゃないかな―と思って、ただ、短歌っていうのはどうしてもそういう2つのものを伝えようとすると難しくって、ここでもやっぱり「胸のふた」が読者にとってわかりにくくなっている。
司会
わたしも思ったのですけど、胸の中の傷みではなくて胸の中があってその上にまたふたがあって、と考えさせられて、こう重なっていく感じで読者にわからなくなっているのではないかと思いました。
島田
だからこれは結局痛みを出している。「胸の傷みにふたを添えて」だったらわかるんだけど、蓋っていうのは本来隠すものであり抑えつけるものであり、「ふたのイタミ」とすると矛盾するような。それでわからなくなっている。
いつもはふたをせずに話してるんですかね。
島田
いやあ、ここが難しい。人間って普通ふたをして話しているんじゃないかね。
はいー。まだ痛みがあるねんけど、痛みが表出している感じ。
島田
もしそれやったら、胸のふたを押し開ける痛みのほうがわかりやすい。
結構当たり前になりますね。
島田
うん、当たり前になるけど、もしその当たり前になるような事しか言ってないのなら、この歌は失敗してるのかな。
司会
では作者に聞いてみましょう。作者は柴田悠さんです。
柴田
ありがとうございました。ま、ニッシー(西之原)の解釈やそのほか出ている解釈で…たしかに当たり前の事かも、と思って。言葉をなんかぼかしてるだけだったのかなぁと反省しました。
司会
では2番の歌に行きます。
2 薄雲をゆく月はやしつき出でて黄にゆたかなる銀杏のうえの
黒瀬さんいかがでしょうか。
黒瀬
ううん…あのね。「うすぐもをゆく月はやし」で切れてるわけでしょ。要するに、薄雲が流れていく。それをその月が動いているっていう風に見て、ま、実際月も動いてるんだけど、それをはやしと言っている。(間)「つき出でて」ってなんですか、これは。月が出ているっていう意味?
島田
いや、それは、突き出るっていう意味でしょう。
黒瀬
そうですよねえ、やっぱりそうかなぁ。そこらへんはねぇ、うん。言葉の選択、言葉の感覚があいまいだな。「黄にゆたかなる銀杏の上の」というのはやっぱり銀杏の木なんでしょ。落葉ではないでしょ。上に月があるわけだから、「つき出でて」って言葉がいったいどこへかかるのかがすごくよくわかんないし、要するにこれは薄雲をゆく月が「つき出でる」わけでしょ。その「黄にゆたかなる銀杏の上」の。で、月ははやしって言って、銀杏の上のってこれももちろん月なんだろうね。しかも「月出でて」って動詞は月の述語になるわけでしょ。「つき出で」てどうなるのかがわからない。だから、すごく言葉の持っていき方に無理がなかろうか、って思うんですよ。まぁ、うん…、なんか技法論じゃないかな、と思います。
司会
西之原さんお願いします。
西之原
そうですね。ぼくもやっぱり「つきで出て」のところがひっかかったんですが、まぁ、解釈を試みるに、おそらく、こう、銀杏の葉が生い茂っているところから月がその外側に出てゆくっていうぐらいの意味、で合ってると思うんですけど。ただ、作者的には「月はやし」からのつきでやってるつもりなのかなぁという気がするのですが。「つき出でて」はやっぱりちょっとここではぱたっと止まってしまう。その下の「黄にゆたかなる銀杏の上の」は、その、なんか、視点というかリズムはすごく好きなんだけど、やっぱり「つき出でて」がいいとは言えないかな、という気がしました。
黒瀬
叙景歌なんだから、一読してわからないと歌としての力がない。叙景歌はそういうものだから。三句の真中の「つき出でて」の意味が断定できないし、どういう意図で作ったのかもわかんない。やっぱここが曖昧だからわかんなくなっちゃってるんだろう。
司会
「つき出でて」っていうのは、「雲から月が出る」「銀杏から月が出る」…?
黒瀬
うんうん。月が出る、銀杏がつき出る…
島田
「つき出てる」って銀杏がつき出てるんとちゃうの。
黒瀬
そうだと思うんですけどね、たぶん。
島田
まぁ、叙景歌っつったら、フレームを合わせて絞っていくやり方じゃないとどうしても作者の目線とか感情が出てこない。これは叙景が2つに分かれてるのが問題なのかもしれない。「薄雲をゆく月はやし」と「つき出でて−」と思考がぶれちゃって、下の句が冗長になっている。目線が違うところにいっちゃってて、「薄雲をゆく月はやし」は結構インパクトがあって、「黄にゆたかなる銀杏の上の」はいかにも叙情的。出、月と銀杏がぶつかって二項対立にはなっていないから単純に二つにわかれて……俳句的で面白いなと思うけど。
司会
ではこの辺で。作者は森さんです。
「つき出でて」は、銀杏が空につき出てるという意味で、そこらへんが具体的になったらな、と。ハイ。
司会
ありがとうございました。3番の歌にいきます。
3 会えるともわからぬままの空港の朝ジャンバーに日のあたりたり
(間)―――――「会えるともわからぬままの空港の」ってところがなんとなくドラマにありそうな。下の「日のあたりたり」っていうのも、ここも具体的じゃなくて作者の具体的な感情が表れていないような気がしました。
司会
悠さんいかがですか。
柴田
上の句が、ちょっと、うーん、もうちょっと味わいのある表現があったんじゃないかなぁ。それとさっき森さんが言ってた「具体的な感情が出てこない」っていうのは、もうひとつなにか実は狙ってるのかなぁ、という感じと、うーん、結句が足りないのかな。ま、上の句は直接的なので、うーん、それに合わせた他の表現があるかもしれない、と思いました。
司会
大谷くんお願いします。
大谷
これは…誰かを迎えにいってるんですよねぇ?(司会に問う)
司会
え、うーん ハハハハ…
島田
はははは いいんだよ、それで自分の解釈を言ったほうがいい。
大谷
あぁ、はい。えっと、僕は、これは自分が誰かに送ってもらったりして飛行機に乗るよりは待っているほうがいい、合っていると思って。「空港の朝ジャンバーに日のあたりたり」はかっこよくて、ジャンバーの匂いがしてくるよう。うん、「会えるともわからぬまま」は、僕はまぁ…、カッコええなあと思いました。
司会
村松さんお願いします。
村松
あぁ、なんか、とってもすごく読みやすい。わかりやすくてかえってインパクトがないかなっていうのが…。以上です。
島田
これね、手触り感、質感がきちっと、よく出てる。「ジャンバーに日のあたりたり」はこれすごくいいね。ジャンバーの質感とかね。何かこう、期待感と失望に対する予測が両方あって、自分を客観的に見ながら期待に流されているような心情が出ている。ただ一個ね、問題だなと思ったのは、やっぱり最初に澤村さんが読んでしまったように「朝のジャンバー」と言ったほうが誤解がなくていいんじゃないかな。朝ジャンバーとすると変な屈折が出すぎちゃって苦しい、かな。その他はとてもいいと思う。
朝とジャンバーで一字空けしてみたら?
島田
いや、そういう作為的なものではなくてねぇ。これはものすごく繋がってるから「の」でつなげた方がいい。
司会
この場合は「の」が重なってもいい感じ。前回「の」の事でちょっと問題が出てましたけど。
島田
うん、それはたぶん素材的にも、けっこう名詞的にも繋がりがあって、空港、朝、ジャンバーで結構すごい組み合わせだから、「の」が入ってちょうどやわらぐぐらい。
大谷
『の』をいれると、空港の広がりが抜ける感じがするから、僕は入れない方がいいと思う。
島田
広がり…?(間)ああ、限定されるってことか。
黒瀬
「の」でどんどん収斂していくわけですか…。「の」が別になくてもいいと思うんだけどなぁ…。「ジャンバー」って「ジャンパー」じゃないの?
一同
ふーむ、「パー」ですよねぇ。
島田
いや、そこはよくって…。…「の」がないと「朝ジャンバー」になってしまうからなあ(笑)
司会
ではこの辺で作者に聞いてみましょう。作者は西之原さんです。
西之原
空港の朝、そう、広がってる感じって大谷くんがいってくれたみたいのもあって。「の」はまあ意識してなかった。たまには初心に戻ってこういう歌も(笑)
一同
これが初心かい(笑)
司会
ありがとうございました。では次の歌にいきます。
4 黄昏のわが識閾にまぎれこむ秋の涙を落葉といふ
島田さんいかがですか。
島田
難しいのはまた俺か(笑)。でもまあ、これはわりとわかりやすい。識閾っていうのは、その、暗い状況下のクリアーではない。その上で、意識上に落葉が止まったということを、要するにこの歌は言ってるわけで。それで、この「涙」と言葉を受け入れられるかどうかだと思うんだけど。「涙」がおちる、で落葉はわかりやすいし、感情ただよう感じだな、と。ちょっとロマンチックというか文学的なところが僕にはちょっと痛いかな。僕はちょっと苦手…という。あと1つは、「まぎれこむ」という言葉がゆるいかな。もちろん「まぎれこむ」なんだろうけれども、落ちてふっと浮かび上がるっていう感じだから…。でも感じはすごくあってます。
司会
村松さんお願いします。
村松
わたしもこの歌すごい好きだなあーと思って。いいなあと思いました。「黄昏のわが識閾に」と、最後のところがよかったんですけど、「まぎれこむ」っていうのと「私の涙」は関係ない?「まぎれこむ」で切れる?
島田
いや、これはつなげて読む。
村松
あぁ…、つながってるんだったら、この「まぎれこむ秋の涙」は合わないな、と思いました。以上です。
司会
森さんお願いします。
はい、「識閾にまぎれこむ涙」ってよくわからないんですけど。どんな感じでしょうか。実際には泣かないで心の中でクッと涙が出ているのかもしれない。とにかく、秋の空気のなかに落ちる落ち葉を、自分の心の中の涙ってふうに詠んだことで、なんとなくロマンがあってそれはきれいでした。あと、上のほうの「涙」までK音が多いんですけど、「識閾」のイ音でまぎれこむ…ここらへんがぎこちないような、そこらへんがちょっと入っていきにくいな、と思いました。
司会
悠さんお願いします。
柴田
僕は、「涙」があまりしっくりこなくて。「まぎれこむ」というのは多分、不意にきてしまうものなんだけど、涙といのは、出そうと思って出すというか、こらえることができて、泣きたいと思って泣く、なにか能動的な感じがするので、「まぎれこむ」は合わないかな…。ほかは、面白いなあと思いました。
司会
ほかになにかありませんか。
大谷
僕は、識閾という単語があまりわかんなくて、文字からこんな意味かなあと考えたのですけど、ま、それで、この落葉って何色なのかなぁと思って。なんか、黄昏とあって全然関係ないけど黄色が似合うなあ、という感じがして。黄色と赤と茶色で比べたら何色が合うんだろう。ほんとは何色かなって。
司会
では作者に聞いてみましょう。作者は黒瀬さんです。
黒瀬
うーん、涙は能動的かぁ。うーん。あ、うん。立原正秋に並ぼうかと。え、何色?色はなんでもいいじゃないか、もう(笑)。逆光だからさ、いいんじゃない?
司会
では5番の歌にいきます。
5 耳元のほくろをポチと押してくれ 豪胆コピーロボットの週末
悠さんお願いします。
柴田
はい、これ、あのー、下の句のノリがよくて面白いなと思いました。最初ぼくは、作者の耳元にほくろがあるんだけど、えーと、まあ職場ではロボットは自分のことで、コピーしなくちゃいけないんだけど、誰かに任されているかなにかで、で、コピーロボットを選んだそんな感じかなと思ったんですけど、コピー機自体を人、ロボットにたとえてコピーのスタートボタンがほくろに見えるっていう見方もあって…、どっちかなぁ。ぼくは前者と思うんですけど。そうすると、下の句のリズムのよさと全体の滑稽さが合っていていいなあと思いました。
司会
黒瀬さんお願いします。
黒瀬
鼻じゃないの。コピーロボット。それはいいんだけど。「押してくれ」って言うんだけど押したらどうなるのかわからない。そしたらどうなの、自分がコピーロボットになるの。それともコピーロボットが自分になるわけ?で作者はなんなの?コピーロボットがあって、一人の人がいてその人のコピーロボットとなるコピーロボットの前段階なの?それとも自分がコピーロボットを作りたい?よくわからないでしょ。それと「豪胆コピーロボット」って響きがよいとおっしゃったけど、そういいとも思わないし、どういうことなのかわかんないんだよなぁ。豪胆、大胆ってことでしょう。このコピーロボットは大胆だ、つまり自分ではできないような大胆なことをコピーロボットにかわってやらせたい、そういうことかな?それが週末なんでしょ。−週末にやる大胆な事ってなんだ。うん、だから、あまりにも読者に読みを委ねすぎてるんだよな。もうちょっと引っ張っていく、入り込んでいけるところがあった方がいいんじゃないかな、とぼくは思う。「コピーロボット」の週末というのは面白い。もしかしたらぼくが誰かのコピーロボットであるような気がする週末っていうのは荻原さんあたりが作りそうなんだけど、だったら豪胆ってなんだろう。たとえばぼくが西之原さんのコピーロボットになって週末めちゃくちゃな事をして罪を全部西之原さんになすりつけてやりたい、とか、そういう事なんだろうか。そういう事でもなさそうだし、パパのコピーロボット、クローン人間じゃないけどそういう世界があるとしてフィクションの世界を歌おうとしているのか。
柴田
あそうか。コピーロボットってコピー機じゃなくて。
黒瀬
うん、まぁ普通ぼくらの世代でいくとコピーロボットっていうと真っ先にあのパーマンの。だとすればあまりにもペシミスムだなぁという気がする。それはちょっとわからない。
島田
パーマンのは鼻だよね。
黒瀬
そうそう、だから鼻にしちゃったらあまりにもその世界に閉じてしまうから、要するに逃げ道としてほくろにしちゃったんだろうとは思うんだけど…。だからそこに持ってくる状況説明で上句を全部つかっちゃってるでしょう。で、それでこの歌の中身というかメインの部分を下の七七だけで豪胆コピーロボットの週末っていうだけで言おうとしているのが問題なんじゃないかなぁ。だから上をもっと整理してボタンを押すのをもうちょっとコンパクトにしてなんかもうちょっと、週末がどういうことなんだろう、どんな表情でコピーロボットを使ってるんだろう、という事を説明する、とまずいけれどもどこかで、僕らに与えてくれる手がかりみたいのがあるといいかな。
司会
西之原さんお願いします。
西之原
はい。やはり、えー、よくわからない歌で、黒瀬さんおっしゃったようにまずコピーロボットが誰なのかという問題がすごくあって、というか、わたしがなんなのか。それによってまあ違うんだろうなあ、と思うのですが、やっぱもうひとつ「豪胆」っていうのがいきなりきちゃうのが…。コピーロボットが豪胆であると読めば、それがいったいどういう事なのか、まあ…うん…たとえば自分がコピーロボットだとしたら、暴れる、ということなんかなぁ、と考えちゃうんだけど、だとしたらなぜコピーを持ってくるのか…とか。なんかいまいちコレという読みが出てこないのが痛い。そうなったときにこの歌は理解されにくくって、僕もたまに作るんですけど、そういうときに印象というのがあるんですけど、最後に「週末」と持ってきてしまうと、こういう歌ではすごく印象が悪くなるから、ある意味パワーで押しきらないと厳しい。「週末」でまとめられてしまうと、パワーに欠けるから、こう、「週末」っていうのを持ってきたいのはわかるんだけど、最後に持ってくるのはまずいかな、という気がしました。
司会
他になにか。
大谷
はい。一応、あの、パーマンがわかるので、それで、ぼくが思ったのは「耳元」っていうのが、この場所がからだ全体の中で一番いい場所かどうかわからないんですけど、ほくろがボタンになるのもいいのかどうかわからないけど、ぼくはなんかこの歌をめちゃくちゃいいと思いまして。それは、コピーロボットってパーマンを思い出すと実はみつおくんにボタンを押されても、みつおくんそのものにはならなくて、人格がしっかりコピーロボットにもあって、でも一応任務というかみつおくんの普段の生活を送るというのが同時にあって、人格を持ちながらある程度束縛されていない部分があって、しかも鼻を押してもらうと普通のお人形に戻っちゃう、しかもコピーロボットって押されたらみつおくんが2人になるっていう。まあ、あまり深読みできないから…。今これはボタンを押してもらって、みつおくんのコピーになっている状態だと思う。本物がいる一方で、本物とコピーと人格が同時に存在しているっていう状況がもうちょっと突き詰められるんじゃないかな、と思います。
西之原
作中主体はコピー…?
大谷
でも人格がしっかりある。
黒瀬
だから今の読みができるのは、僕らがパーマン知っててみつおくんのキャラクター知っててそういう物語がある、コンテクストがあるから言えるのであって、パーマン見た事がない人が見たらどう思うかっていうこと。コピーロボットって単語がわからないでしょ。コピーを動かすロボットかって思ったり、すごく曖昧だよね。こういう固有名詞使うときって、こういう限られた世界の情報を使うときってその単語が絶対伝わらない相手がいるってことを考えてやらないと。で、伝わらない相手でもなんとなく読める、単語がわからなくても…ってぐらいに持っていかないと危険すぎる。
島田
おっしゃる通りだけど作者はこれ、この人けっこうジレンマで悩んでいて、「耳元のボタンを押してくれ」ってヒント出してるわけやん。で、出しすぎてコピーロボットから出発して語りたかったことが語られないまま終わっちゃってる。そういうことでしょ。多分、コピーロボット知ってたらさ、さっきの大谷くんの解釈みたいにさ、そこから出発していくべきなんだよ。
黒瀬
コピーロボットになるとか、そういう風になにかひとつ、あればいいのに。
島田
わたしはコピーロボットみたいだ。週末のわたしはコピーロボットみたいだ、それで終わってるからねえ。
黒瀬
週末で弱くなるのかなぁ。
大谷
週末って、やっぱ、明日から休みだっていう…
黒瀬
週末っていうと夜遊び。
西之原
こういう歌はテンションが命。
黒瀬
テンションねえ。豪胆でけっこう大変。週末やから休ませてくれ、と思ったんですけど。豪胆やからコピーロボットが週末暴れる、みたいな感じ。
島田
最後の七七に全部つめこんじゃったから、余裕がない。
西之原
やっぱりこれ一首だとコピーロボットっていろんなニュアンスを含んでいるのにしかも豪胆って、またこれもあいまいだから…
島田
本当は耳元のほくろをふくらませて、それを一番言いたかった。
黒瀬
切り捨てるポイントをつかめていないんじゃないかな。
司会
ではこの辺で。作者澤村。です。やっぱり、これってコピーロボットが目立っちゃうのかなぁ。では6番の歌にいきます。
6 泣きながら自転車こげば真夜中のビール自販機全部「売り切れ」
森さんお願いします。
はい。これ、好きな歌でした。どんな状況か全然わからないけど、泣きながら自転車漕いでたらなにも見えないんですよ、周りが。でも多分真夜中やし、〜〜〜〜言うてるんでしょ、本人(笑)。とにかく、自分の世界に浸って泣きながら、事故崩壊して自転車漕いでて、横にあるビールの自販機が見えて、そしたら「売り切れ」のランプが全部ついててこれにも拒否されてる、みたいな…。
一同
(笑)拒否されてる…
それがまた悲しくなったから、ただ見ていただけで…
黒瀬
12時すぎてるんでしょ。
12時?11時。
黒瀬
あ、11時か。
島田
あの、11時過ぎるとビール、お酒が買えない。
黒瀬
タバコも買えない。
で、解釈としてはそう取ったんですけど、イメージがよくて「泣きながら自転車漕ぐ」って言うのが自分自身冷静な考えをもってなくって、しかも夜だからなにもわからないでしょ。かなり高ぶってる。真っ暗な状況の中にただ赤いランプが並んでいる。そういう〜〜〜〜気がします。
司会
悠さん、お願いします。
柴田
はい、そうですね。泣きながら自転車漕いでるっていうのはかなり速いと思うんですけど、うーん、「全部売り切れ」っていうのは…なんでここに視線がワァっていくのか想像できないでもないんですが…。ちょっと作ってるのかなぁ、という感じがします。前半の素直な感じはいいんですけど、なんかつくって…るなぁ、という感じがしちゃったんで、僕的にはすんなりはこなかったなあというのがあります。
司会
西之原さん、お願いします。
西之原
えーっと、いい読み方が見つからなくって、どうしても「こげば」というのが理屈に見えてしまう。で、どういう解釈なのかっていうと、「泣きながら自転車こぐ」っていうのは、なにか辛いことがあって、「真夜中のビール」、ま、酒を飲んで忘れたい事がある、という感じなんだけど、全部売り切れでやっぱり泣きながら自転車こいでいるしかないんだよ、という感じで、やっぱり読んでしまう。そのー、もっとこうイメージが豊かになる読みがあればどなたか伺いたいのですが。
黒瀬
そりゃー、やっぱりものすごい自己劇化の激しい歌だとは思うんですよ。「泣きながら自転車こげば」っていうのは、あまりにも、なんていうんだろう、形骸的。「こげば」っていうのが説明になってるのもよくわかるんだけど、でも僕はこの歌好きだな。あの真夜中で自販機でしょ。真っ暗で街灯ぐらいしか灯ってなくて、それでも暗いわけでしょ。その中でコンビニとか自販機っていうのはわかりやすいところなんだよねえ、あれ。特に自動販売機なんてのは真っ暗な中にそれだけ明るかったりして、ほんと、島のように見える。だから〜〜〜〜というよりやっぱり暗い中走ってて明かりが見えると寄っちゃうっていう感覚があるでしょ。それで全部売り切れなんだから、まぁ〜〜〜〜ってわけなんだけれども。自動販売機の自販機という言葉は許容範囲かな。
西之原
あの、やっぱりね、売り切れっていう言葉を最後に持ってくるのは意味を感じてしまうから…。
黒瀬
うん、これ、かぎ括弧にしてあるのはねぇ、やっぱ売り切れと書いてあってその言葉を持ってきたからなんだよ。ま、なくてもいいよな…。
司会
これ、かぎ括弧ついてるからにはやっぱりなにかが…。
黒瀬
うん、これ、生活の暗黙の了解で、売り切れたら赤くなるってことですよ。かぎ括弧してるってことはつまり、その文字が浮かんでるっていうことが印象に出るわけでしょ。だからどっちでもいいと思うんだけどなあ…。好みだな。
司会
いや、こういうふうにしてあることで、私、自販機が生き物ののような感じがしてきちゃうんですけども。
黒瀬
あぁ、売り切れにされる、という。
司会
売り切れにされるというか、うん、その、メッセージみたいな、なにか。
島田
でも、まあよく見たら"り"と"れ"がな。あれはやっぱ"り"と"れ"が入ってないから、細かい事やけど。"り"と"れ"をいれたらあかん。
黒瀬
そうかな。やっぱりそう言われる。
島田
なんかねぇ、西之原君の言った事よくわかる。なんかねぇ。素材の出し方は面白いんだけど、はい出しましたよって感じがあるから。こうしみじみした感じがねえ、この手の歌にはあるんだけど、あんまりしみじみしてない、と言うか。
黒瀬
それはだから、都市生活者の短歌として、ふふふ。
島田
いやぁだから、都市生活者の短歌でもさー、あるじゃん、こうほろっとしたもの。
黒瀬
あー、わかる。
島田
たとえば藤原龍一郎とかさあ。だけどちょっとうまくもてなしすぎてるって言うか。
黒瀬
そうねえ、アイテムがはっきりしすぎてるってあるかも。
司会
では作者に聞いてみましょう。作者は大谷くんです。
大谷
え、これは、一応寒い時期になって、精神的に不安定になると、ほんとに泣いてまして、ほんとに「売り切れ」ってあって、灯りがあって「あ、前の人がお金入れたままだ」と思ったら赤いランプで「売り切れ」って書いてありました。まぁ、そのおちはなしとして、こういう悲しい体験があって。
黒瀬
案外、だったらそれ、「灯りがあって誰かがいれたと思っていったら売り切れだった」、とまとめた方が共感多いんじゃないの。言外に悲しみをにおわすっていう。
大谷
で、あとまあ、となりの自販機も販売中止で。
司会
ありがとうございました。では7番の歌いきます。
7 ホームラン打った笑顔も左手のグローブだこも手が届く場所
悠さんお願いします。
柴田
はい。(間)あぁ…あぁ…あぁ、なんだかすごい臨場感があって、うーんと、それが伝わってきて、よいなあと思いました。それで…まあ、とりあえずそんなところです。つまりあの、風景が視覚的に伝わってきやすくていいなあと思いました。
司会
島田さんお願いします。
島田
そうやねぇ…まぁ、なんちゅうか、タワラマチックやけど。(笑)ちゃんと整ってる歌やな。相聞歌だろうな。グローブだこの人と私の距離。まぁ、「〜手が届く場所」ってすごいクールな言い方やけど、でもこの歌だったら、まあ、きちっとはまっているかなぁという気がしました。
司会
大谷くんお願いします。
大谷
はい。手の届く場所って、あ、僕はじめ空間としての距離かと思ったけど、今聞いてて精神的な距離かなぁと思ったら、ああ、読みが浅かったなあと思って、ああええ歌やと思いました。
司会
黒瀬さんお願いします。
黒瀬
うーん、ホームラン打った人と左手のグローブだこがある人は同一人物なのかなぁ、やっぱり。そうだね、グローブだこがあるくらいやりこんでいるんだろうね。だからホームランを打つ。ま、要するに男の子かな。その子が、まあ、野球の選手なのかな。でまぁ、作者はどうしてるのかな。ま、観戦してるってとこかな。で、ホームラン打って一周ぐるっと帰ってきた。で、おぉっと手を振りながらやってきてって感じかな。それをみんなで出迎える。それを見てわぁぁっと言われているあなたは私の…。「掌の届くはるかな距離に黒曜の髪の澄みつつ少年のあり」という大塚寅彦さんの歌。これは手の届かないということを言っているわけなんだよね。でこっちはそのまま、手の届くって言ってるんだよね。
島田
なかなか面白いね。俺もね、手が届かない距離ってなんかなーと思って。ま、空間的には手が届くんやけど、精神的には届かないっていう…。
黒瀬
ふつうひねくれてるからねぇ、僕ら。えー(ワイワイガヤガヤ)〜〜って考えちゃうんだけど。うーん、これは素直で健康的な人なんだよね。
島田
でなんでそう思うのかなーっていうポイントがあるよね。
黒瀬
それはやっぱグローブだことかもキラキラしてるからじゃないかなぁ。ホームランの笑顔っていうか。
島田
そうだね。
黒瀬
いいですね。で、手の届く場所っていうんだから、手を伸ばさなければならない。そこに屈折があるのかもしれない。
司会
他になにかありませんか。では作者に聞いてみましょう。作者は村松さんです。
村松
ありがとうございました。この歌をつくるときに、どうしたらいいのかわからなくなったのはやっぱり最後の部分で、うん、これでよかったのかまだ迷うんですけど、実はこれは高校の時の席替えで、たまたま野球部のピッチャーだった人と隣の席になった…ただそれだけのこと、でした…。
一同
あぁぁーーーーー。(笑)
黒瀬
でも僕が言った解釈の方がいいんじゃない?
島田
席替えで隣に座って、手の届く場所って思ってるほうがコワイといえばコワイなぁ。(笑)
黒瀬
青白い炎だね。
司会
では8番の歌にいきます。
8 感情を待たず。立原正秋の日本のごとくくる紅葉は
村松さんお願いします。
村松
(間)わたしは多分勉強不足なんですけど、「立原正秋の日本」がちょっとわからないので…。
司会
西之原さんお願いします。
西之原
僕も知らないのでなんですが…。ただわかる範囲で読めば、やっぱり「感情を待たず」っていうところですよねぇ。こう紅葉を見ているとなんか自分が感情を意識するまでもなくいろんな思いが沸くと。で、「立原正秋の日本」というところは、やっぱり知らないときびしい、です。以上です。
司会
森さん、お願いします。
えー、小説家ですね。
黒瀬
直木賞作家。
1回読んだことあるんですけど、すごく美しい…。ふつうは紅葉があって、その美しさがあって、それを小説家が書くんやけど、今の場合は小説家がここにいてるし…。まぁ紅葉見たら感情が沸くんやけどそれを抑制する。紅葉見て起こった感情の描写が一切抜けていて、闌くる紅葉は、とくる。その辺がけっこう理屈っぽいなと思いました。あと、立原正秋の日本ってどんなイメージかわからないんですけど。
司会
大谷くんお願いします。
大谷
僕も立原正秋知らなかったんで…。
司会
黒瀬さんお願いします。
黒瀬
やな歌だよー。なんかねぇ、立原正秋。だから、立原正秋が描いた日本のように闌ける紅葉は、感情を待たないってことかなぁ。立原正秋って日本のことでなんか言ってたかなぁ。どっちかって言うとあの人はエロス、みたいな感じ。耽美ではないけど。立原正秋って言う個人の名前がいったいどういう風なイメージを読者に喚起させるかによって、歌の読みが変わってくるわけで。具体的なことはわからないけど…。私の感情を待たずにどんどん闌けていくっていうことかな。…まぁ、立原正秋の日本って「らうたげに」っていう感じだと思うんだけど。ちょっと才気走ったかなぁ。
西之原
えーと、知識がなくて最大限の読みをしようとすると…
黒瀬
立原正秋って言われて一定のイメージが持てないなぁ…
司会
ではこの辺で…。作者は島田さんです。
島田
はい。わからないだろうと思って出したんですけど。ぼくは「せいしゅう」の読みでいけるかなと思ったんだけど。
黒瀬
立原正秋ってもう絶版でしょ。
島田
いやぁ、新潮文庫などで出てるけどね。
西之原
あろうさんが読んだらまたちがってたかもしれない。
司会
おつかれさまでした。
以下に、作者名を記した詠草を再掲載します。
1 胸のふたのイタミをそえて話してもきみはきれいなネオンを観ている柴田悠
2 薄雲をゆく月はやしつき出でて黄にゆたかなる銀杏のうえの森雅紀
3 会えるともわからぬままの空港の朝ジャンバーに日のあたりたり西之原一貴
4 黄昏のわが識閾にまぎれこむ秋の涙を落葉といふ黒瀬珂瀾
5 耳元のほくろをポチと押してくれ 豪胆コピーロボットの週末澤村斉美
6 泣きながら自転車こげば真夜中のビール自販機全部「売り切れ」大谷良太
7 ホームラン打った笑顔も左手のグローブだこも手が届く場所村松美由紀
8 感情を待たず。立原正秋の日本のごとくくる紅葉は島田幸典

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