一首評〈第141回〉

光のなか光さわだつさまなして黒き鳩群橋よぎり飛ぶ
高安国世 『HERBSTMOND』

 大学の先生から貸していただいた御本のうちの一冊に、この歌を収めた『HERBSTMOND』があった。ドイツ語のタイトル。日本語でいえば『秋の月』というタイトルのその本の中で、ドイツ語で短歌を表現する試みがなされている。

 『HERBSTMOND』はこの一首で始まる。

  Wie Licht im Licht
  wirbelt und strudelt,
  so fliegt ein Schwarm
  schwarzer Tauben
  quer ueber die Bruecke.

(※ueberのuとBrueckeのuはどちらもuウムラウトだが、文字化けしてしまうのでuの後ろにeをつけ、他のuと区別をした。)

 これを日本語に訳したものが次の頁に載っていて、それが「光のなか〜」である。

 ドイツ語のwirbeln(渦を巻く、舞い上がる)とstrudeln(渦を巻く)の二語を日本語で「さわだつ」と表現している。その光の騒々しいまでの動きが光のなかで起こっているようだ、という。その思わず目を閉じてしまいそうなほど眩しい様子を表現しているのが、黒い鳩群(ein Schwarm schwarzer Tauben)である。光の透明さ、暴力的なまでの明るさの次に現れる黒。それが橋の上をよぎって飛んでいく。

 ドイツ語の二語で表現された、回転・浮上の動きを、最後はquer(横切って)と言うことで、横の運動に切り替えている。景色を見せていた画面が横へと広がっている。
 最初は光のなかで生まれたものが色を持ち、そして運動の方向を変えたあとに残るのは静けさである。

 色・運動・音量が一首の中で切り替わっている。その対比があからさまといえばあからさまだが、夥しい数の鳩のはばたきに、光が溢れるさまを重ねたこの一首は、その光を持つ生命の移動を流れるようにうつしだしているように思う。

榊原紘 (2015年3月29日(日))