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五月祭の汗の愬 病むわれは火のごとき孤獨もちてへだたる
猖榾雄 装飾樂句カデンツァ
 第二歌集の巻頭歌。亡き畏友・杉原一司に捧げられた第一歌集、「水葬物語」では一度として出てこなかった「われは」という宣言が、ここではじめてなされる。
 その「われ」が、「青年」と対比して捉えられていることが、きわめて興味ぶかい。僕がこの項で評したいのはただ一点。「汗の青年」に、猖椶蓮⊃原一司の面影をみているように思われるのだ。

 杉原一司は、「水葬物語」刊行の前年、五月二十一日に二十三歳の若さで亡くなっている。五月とは、猖椶砲箸辰討脇段未憤嫐をもつ季節であり、それを裏付けるように、「五月」と「青年」というモチーフは猖椶硫里坊り返し登場する。
(例:
「われに昏き五月始まる血を売りて来し青年に笑みかけられて/『装飾楽句』」
「皐月待つことは水無月待ちかぬる皐月待ちゐし若者の信念/「玲瓏」六十一号所収)」 ……#余談ながらこの歌、猖椶遼椣佞脇鷆腓瓩紡点をつけた、「皐月待つごとは水無月待ちかぬる〜」であった、とする島内景二氏の解を採りたい。)

 猖椶蓮崢蠏晋源誅澄廚里覆で、「黒シャツをまとひて合歓の花かげに誰待つとなく一日暮らす/杉原一司」という歌を引きながら、このように述べている。

「杉原、この汗のにじんだ黒シャツの歌と、この黄昏の肖像を見る時、わずかにその時だけ、僕は「孤り」ではない。」

 孤独は生のなかにしかない。「水葬物語」を世に問うたあと、猖椶惑抃覲砲魎気Α「装飾楽句」はその療養期につくられた歌集のようだ。「火のごとき孤独」とは、なんと難解な修辞だろう。それは病苦であり、躍動する生であり、同時に死の象徴であった。

(#晩年の猖椶法△海里茲Δ焚里ある。「火薬紛紛 杉の花季はなどき過ぎつつを杉原一司目覚むるなかれ/『詩魂玲瓏』」乾いたユーモアがかなしい一首である。)


  五月とて胸かきくらすたちばなのみのいたづらにながらへしかば  邦雄   (「露とこたへて」所収)
評:下里友浩 (2006/03/01)

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