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ホットケーキ持たせて夫送りだすホットケーキは涙が拭ける
雪舟えま (連作「吹けばとぶもの」/『短歌研究』2009年9月号)
一読して、えっ、ホットケーキ。と思う。
同時に、ああ、ホットケーキ。と思う。

もちろんホットケーキで涙を拭く、なんて行為は突飛だ。
そもそも食べ物でしょう、ホットケーキは。
夫に持たせるべきものなんて、他にいくらでもあるでしょう。
なぜ提出歌においてはホットケーキが焦点化されているのだろう。
考えるほどにちぐはぐで、論理とか因果とかそんな解法を持ち込んで読もうとするとたちまちお手上げになってしまう。

でも、なぜだか納得してしまう。
提出歌におけるこの妻は、たしかにホットケーキで涙が拭けると信じているのだ。そう信じて夫に持たせているのだ、と。

ホットケーキは詩的飛躍を狙った作者による道具立てではない。
この妻の、そうとしか言いようがない情感を背負わされたなにか、なのではないか。そう読まずにはいられない。
たとえば夫への気遣いであり心配であり優しさであり励ましであり、だけどそのようなありふれた語彙では言いようのない情感を表現するには、下句でこう言い切ってしまうほかになかったのだろう。

ふっくらとした触感、ほんのりとしてきつくない甘さ、寄り添うような温もり、生地の含む湿り気、呼び起こされる懐かしさ。
言われてみればたしかに、涙を拭くのにホットケーキほど適したものも珍しい、とさえ感じてしまう。
機能性うんぬんの問題ではなくて、この妻の込めた思いとホットケーキの質感とのリンクの確かさは、否定のしようがない。それゆえにそう感じてしまうのだ。
だから、持たせるのはハンカチでも携帯電話でも胃薬でもなくて、ホットケーキでしかありえないのだ。


 一番の親友ともが夫であることの物陰のない道を帰りぬ
 入籍をすませた町の夕映えにすすんで二人巻き込まれゆく
 傘もって走るわたしと待つ君の吹けばとばされそうな夫婦だ


提出歌を含む連作から、夫が出てくる歌をいくつか引いてみた。
この夫婦の関係性の危うさが見て取れるが、タイトロープの上だからこそ、その歩みの健気さが確かさが、感じられる。

提出歌の上句では助詞の「を」が省略され、韻律に間延びを許さない。生ぬるい情を差し挟む余地のないまま三句目で切れてしまう。
けれども、そうした切実な場面の描写があるから余計にまっすぐ響いてくるのだ。
下句に歌われた、ホットケーキで涙が拭けると信じる、その強かさが。

ああ、ホットケーキ。と、そう思うのだ。
評:笠木拓 (2009/10/01)

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