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一首評の記録
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黒鉛が紙のおもてを滑ってこれは君が燃えても燃え残る雪
平岡直子 (『町』創刊号)
 「ではなく雪は燃えるもの・ハッピー・バースデイ・あなたも傘も似たようなもの」(瀬戸夏子)に対する返歌である。まず注目すべきは「鉛筆が」、「シャーペンが」と言わずに「黒鉛が」としているところであろう。焦点が非常に局所的な所にあっていて、そこから緊迫感、新鮮味が出る。
 同じように情景を小さく切り取っている歌を二つ挙げてみる。

 テーブルに空きたる白き皿ひとつ手があらわれて取り去りにけり
                  中野昭子『躓く家鴨』

 食事中に空いた皿が下げられる場面であるが、「手があらわれて」という表現によって、作者の視界程度に比較的小さく情景を切り取っている。忠実に当時の自分の視界まで写生した、と言うべきなのかも知れない。ともかく、この切り取りによってリアルな感じがよく出ている。

 光る棒につかまらむとし数本の手が背後よりのびてくるなり
                  澤村斉美『夏鴉』

 電車の金属棒に幾人かの手が伸びてくる場面である。この二つの歌は奇しくも両方に手(腕?)の切り取りによる効果が認められる。まず、自分の目の前の50冦方くらいが切り取られて、その他の空間がブラックボックス、死角となっている。そしてその“謎の空間”が読者に恐怖感、怖れを伝える。さらに人の一部である“手”が死角から侵入してくるのである。人は情報が少ないとそれを想像で過剰に補おうとするものだ。手のみが見えるというのは、怖い。
 さて、前述の二首は手の切り取りによって死角が生まれ、恐怖感を感じさせるものであったが、元の歌に話を戻すと、この場合は“手”ではなく“黒鉛”である。人の一部ではないうえに、間接的に“君”の姿が見えるので、恐怖感が殆どない。しかしこれは良いことである。なぜなら、後半の「君が燃えても」が一首に緊迫感を与える、いわゆるクビレになっている。よって、もし前半に強い恐怖感があるとするとくどくなってしまい、上句と下句が分裂する怖れもあるからだ。結局、“黒鉛”という視点の特異性から新鮮味とほのかに香る不安感を演出できたわけである。
 次に下句の韻について。「君・が・燃えても・燃え残る・雪」(2・1・4・5・2)となっている。上句が「黒鉛・が・紙・の・おもて・を・滑って・これは」(4・1・2・1・3・1・4・3)というように長・短が繰り返されていてすっと読めるのに対して、下句には「燃えても・燃え残る」(4・5)の山(盛り上がり)がある。しかも最初の盛り上がりがリフレインであり、さらにクビレでもある。そして気分の盛り上がりである「燃えても燃え残る」の後を対義的な「雪」(2)という冷たい言葉で締める。この辺りの韻と言葉の選択・配置は最高である。

 余談ではあるが、この作品は若手の歌人による同人誌「町」(の創刊号)からとってきている。他にも良い作品が多くあるのでぜひ読んでみてもらいたい。一つだけ、韻に優れたものを挙げる。

 尽くすほど追いつめているだけなのか言葉はきみをすずらん畑
                   土岐友浩『町』2号

 「追いつめている・だけなのか・言葉は・きみを」(7・5・4・3)倒置であり、しかもどんどん言葉(韻律)が短くなっていくことによって緊迫感が生まれる。そして“きみを”で緊迫感が最高潮に達した時、読者は“すずらん畑”の転換に遭うのである。

 元の歌に戻ろう。これは内容自体も非常に良くて、まず“君”が“燃える”(私は火葬だと推測した)という幾分突飛な、しかし起こり得るであろう事柄をもってくる。前述の通りこれが一首に緊張感を与える“クビレ”である。そして、「君が燃えても燃え残る」のである。無論紙に書かれたor描かれた“何か”が、である。それが短歌であるのか、絵画であるのか、落書きであるのか、それはわからない。しかし“それ”は作中主体にとって大切なものであることは確かだ。「私の墓は文学作品であり、私の作品が後世に残ればそれでよい」というような意味のことを言っていた人がいたが誰だったか?名を失念した。
 最後に、“それ”を“雪”と比喩しているところに注目したい。燃え残るのは、平凡なところでいくと“骨”とか“土”とかであると思う。しかし作者はここに“雪”をもってきた。(まあ瀬戸さんに対する返歌なので当たり前なのかもしれないが。)普通雪は燃やさないし、燃え残るというイメージからも外れている。大きな飛躍だ。そもそも“それ”は紙に黒で書(描)いたものなのだ。平凡な感性・イメージ力では“雪”には到達しない。(つまりイメージとしては黒い幾つもの線を思い浮かべるので白い塊である雪には飛躍しづらいということ。)しかし何故か納得してしまう自分がいる。雪の冷たく、すぐに融けてしまいそうなはかなさ、ぴんと張った冬の空気。これが一首全体と響き合って、君への感情、君が燃えてしまうのではないかという不安感とともに、私の心のなかに沁み入ってくるのである……
評:藪内亮輔 (2010/01/01)

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