一首評〈第85回〉

いつかって言わないでくれ ゆっくりと目の高さまで煙草をあげて
加藤治郎 『ニュー・エクリプス』

この歌をみつけた瞬間、こんな女性になりたいと直感が言った気がした。
恋人か恋人未満の関係かは分からないが、大人の恋愛の歌にとれる。
世の中には、煙草を吸う行為が似合う女性とそうでない女性がいる。この歌のなかの女性は煙草が似合う。ゆっくりとした動作で煙草を顔の横にあげる様子は、化粧やアクセサリーよりも彼女の魅力を引き立たせている。
煙を燻らせる空気感や艶のある視線、怠惰な仕草を読み手に容易く想像させることができるのは、女性に対する作者の懇願があるからだ。彼女はきっと、それほどいい女なのだろう。
いつか、とはいつのことなのだろう。『いつか』の使い方は、希望的観測とそうでないものがある。この場合は後者であると考えられる。
作者にとって時間的、空間的に近い『いつか』なのか遠い『いつか』なのか、それを追うだけでもすごく楽しい。
いつか、という言葉は不確かでどこか危うい。それなのに、いつかと言われると私は心が震えてしまう。『いつか』は色気のある言葉だ。
私たちは時に、簡単に「いつか」と口にするが、いつかという言葉に責任はついてこない。なぜなら、『いつか』だからだ。
この歌には、『いつか』が何のためのいつかなのか書かれていないが、おそらく作者にとっては良くないことの観測であるのだろう。
男性は近い未来を語りたがるらしいが、女性はもっと現実的だ。現状から推察して先のことを計画していくしたたかさもある。もしかしたら、この『いつか』も計画的な確信に満ちた言葉だったのではないか。
夢を語ることの好きな男性という生物が『いつか』という言葉を嫌がる。なんとも言えないアンバランスさが、この歌の良さともいえる。
歌集のエクリプスとは、英語で日食や蝕という意味を持つ。新しいという言葉と合わせてみると、この歌の深みと同じ独特な言葉選びの感覚を味わうことができる。
しかし、この動作が計算尽くしのものなのか、自然なものなのか分からないが、この歌の女性は間違いなく自分が美しいことに気づいている。そして、作者が女性に惚れていることも知っている。
私は、このような女性に憧れを感じてやまない。

下澤静香 (2010年2月15日(月))