一首評〈第152回〉

あなたからあなたの腕は生えていて途切れつつ剥くりんごの皮を
はたえり 「交差点」『塔』七月号

 本歌は『塔』七月号に掲載されている第九回塔新人賞候補作「交差点」の一首である。
「あなた」という二人称で示されている人物が相聞相手であるかどうかはその歌によると思うが、私はこの歌における「あなた」を相聞相手であると解釈した。
まず、上の句「あなたからあなたの腕は生えていて」という身体の把握が魅力的である。
作者は、「あなたの腕」はあくまで「あなた」という本体から生えている付属品であると把握しているのだろうか。そうであるとすれば、この歌においては、腕を除いた「あなた」と、「あなたの腕」という肉体とを分けて解釈する必要がある。
 腕を除いた「あなた」に注目するとき、そこには「あなた」という存在そのものに対する愛情が感じられる。腕を除いた「あなた」には、ミロのヴィーナスやトルソーのような、一種の彫刻的な美しさが含まれている。
 また、「あなたの腕」という肉体に注目するとき、そこには人間を身体として捉えることに関する妖艶さが感じられる。作者が触れたり、ないし触れられたりする「あなたの腕」という肉体美が表れている。
 続いて、下句まで読み下すことにより、この歌を相聞歌のみで終わらせない魅力が発揮される。
 第四句目「途切れつつ」は「りんごの皮」にかかっていると解釈した。りんごの皮は「あなたの腕」により途切れ途切れに千切れていく(剥かれていく)のに対して、「あなたの腕」は「あなた」の本体からすらりと伸びて指の先まで完全無欠な形で存在する。このような対比構造がとても鮮やかで美しい。
 そして第五句目「りんごの皮を」という形で歌を締めくくることにより、倒置法によるインパクトはもちろんのこと、「あなた」という生物から「りんごの皮」という無生物へと帰着している。身体という即物的な容れ物から始まり、りんごの皮という空っぽで無機質な脱け殻で終わる。そこがこの歌の魅力を一層引き立てている。
 この歌一首で表されている事実は、あくまで「あなたがりんごを剥いている」ということだけにすぎない。しかし、読めば読むほど、身体的把握や、生物と無生物の対比による魅力が感じられる。非常に巧みな一首である。

西川すみれ (2019年7月16日(火))