一首評〈第36回〉

かんたんに「原ばく落とす」とか言うな
わらうな
マユリーをつれて帰るな
今橋愛 短歌同人誌 〔sai〕1号

作者がタイ旅行に出かけたときの一連「スクンビットソイ33」より。
そのなかでもとくに印象的な一首。

主人公の無力さに胸が打たれます。

ポケットに両手を入れたまま、このように呟いたところで、
きっとマユリーを留めておくことはできないし、
マユリーを連れ去る「男」の背中に、原爆を落とすこともできません。


いまの世のなかにおいて、
詩ほど無力なものはないし、
短歌ほど無力な詩形はないでしょう。

けれどその、ちからのない地点から歌われたことばは。
短歌を知らない、日本語を解さない「男」へ向けられたことばは、
別のなにかを刺し貫いたのだと思います。

その穂先の血のひとしずくが、おそらくは「詩」と呼ばれるものです。

下里友浩 (2005年10月1日(土))